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もうどうにでもな~れブログ in オーストラリア

そう思うようになってから、意外とどうにかなっている日々 IN オーストラリア!

ブログを書いてて、気づいた自分のこと

  今日も5時間かけて、昨日の翻訳の続きを完成させた。どうやら私が原文だと思っていたこの英文の資料は原文ではないらしく、本当の原文は中国語のやつらしい。中国語から英語へ誰かが訳して、それを私が訳したわけである。

 

  中国語から英語なんだからおそらく中国人が英語に訳したんだろう。結構な量だからか、後半からの英語訳が無茶苦茶になっていて、理解するのにとても苦労した。昨日は専門用語なんかを調べるのに時間がかかったけど、今日は単純に書かれている英文が理解できないがために時間がかかった。今日は5時間ほぼぶっ通しで作業をしていたから疲れていた。正直にあの無茶苦茶な英文に腹が立っていた。

 

でも少し考えてみたら、ちょっとおもしろかった。何がって、私はある人が中国語から英語へ翻訳している最中にだんだんめんどくさくなって、途中からテキトーな英文を書いている想像をした。それに少し腹が立った。でも、自分も終盤になってそのいい加減な英文を読んで、しんどくてめんどくさくなっていい加減に日本語訳しようとしていたからだ。自分もおんなじことしようとしてるじゃないか。

 

  前置きが長くなった。タイトルに戻る。

 

  ブログを書き始めてから1ヶ月以上経ったが、書き始めたと同時にいろんな人のブログを読むようになった。中にはプロやアマチュアのライターさんが書いているブログもある。読者数は何千人なんかで、やはり人気である。おもしろいから、自分も夢中になって読んでいるときがある。そうやって、書く才能がある人のブログを読んでいてあることに気がついた。おもしろい記事のメインテーマは、書き手本人ではないのである。書き手が何した、何を食べた、どこへ行った、終わり。ではない。おもしろい記事はそこで終わらない。そういった記事はいつも、その人の周りにいる人たちについてや、その人が見た・したことから、何を感じたかが書かれている。しかもすごく表現豊かに書かれている。だからおもしろい。

 

  こうやって自分が思ってることをうまく表現できずにダラダラ書いてる私のこの記事は、いかにもおもしろくない記事の例になるが、とにかくつまり、おもしろい記事を書く人は、記事の中でその人本人に焦点を当てないのである。 

 

  ここから派生して、もうひとつ気づいたことがある。それは、「私って自分に集中し過ぎ」ということである。だからいろいろ不安になる。自分にいつも焦点を当てているから、たとえば自分の身に嫌なことが起こったら、そればっかり考えて、自分のことだけ考えて、ドロドロとした気持ちが渦巻いていつまでも暗いままなんだと思う。自信のない自意識過剰ほどややこしいものはない。

 

  もっと外の世界に目を向けてみようと思う。